Kind's room

アニメの感想、考察など。

映画『フラグタイム』は噛めば噛むほど苦い、でもそれが美味い。

女子高生が女子高生のスカートをめくる、百合豚ホイホイの予告編が記憶に新しい劇場OVA『フラグタイム』を先日観てきた。こちとら百合豚なので。

 

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2018年6月に公開された劇場OVAあさがおと加瀬さん。』のスタッフが制作していたこともあり、百合映画としては卓越したクオリティだったと思う。

しかし思っていたのとはかなり違った。『あさがおと加瀬さん。』はどちらかというと、青春のキラキラを纏った、ドストレートな百合という印象を受けたが、『フラグタイム』は青春の闇を纏った、変化球系の百合だと感じた。

ラグタイムを見終わった後の率直な感想として「確かに百合だったけど、これは単なる百合じゃなかった。でもどう言語化していいか分からない…」といった感じ。その後も映画の内容を自分なりに咀嚼して考えてみたが、どうもこの作品の登場人物の感情を理解するのは一筋縄ではいかない。そこで原作を購入し、全2巻なのでサッと読み終え、なんとか筆を執るまでには作品について理解できた気がする。ここからは、自分なりに二人の感情について迫っていきたい。

 

※以降ネタバレ含む。

 

 

 

森谷美鈴と村上遥

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時間を止めた森谷さんが、村上さんのスカートをめくるところから物語は始まる。まさかこんな冒頭からお目当てのこのシーンが来るとはとは思ってなかったので、劇場で変な笑いが出そうになった。

1日1回、3分間だけ時間が止められる女子高生・森谷美鈴は、人との関わりを避けて自分の世界に閉じこもってしまう筆者みたいな性格。映画では省略されていたが、彼女がこの能力を手にしたのは小学校の頃の出来事が原因で、人との関わりが嫌になるあまり、時間を止める、つまり「一時的に逃げるための時間」を生み出す能力を手にした。自分だけしか入れないその「時間」で、いつしか他人の時間を垣間見るのが習慣になっていた。そんなある日、いつもの「時間」で、なぜか村上さんだけは動いていた。同じクラスの村上遥は、誰からも好かれるみんなの人気者で、ぼっちの森谷さんとは正反対にいる存在だ。この対照的な二人の立ち位置が、物語の肝となってくる。

 

なぜ村上さんは「森谷美鈴の時間」に入ってこられたのか

森谷さん「だけ」の時間に村上さんも入れた理由、それは「森谷さんは私となら同じ時間を共有したいから」だと、つまり森谷さんが私のことを好きだからだと、村上さんは言う。確かに、森谷さんが村上さんに対して元から抱いていた好意が募り、一緒に過ごしたいと思うあまり、自分の時間に引き込んでしまったと考えるのは理に適っている。でも、果たして本当にそうだろうか。

 

なぜ森谷さんの能力は弱まったのか

その後は保健室でのあれこれだったり教室での脱衣ショーだったりと、設定を思う存分に活かした背徳感溢れる百合シーンが続く。これではフラグタイムというより不埒タイムだよ。やはりこういうシーンをスマホの画面で見るのと映画館の大スクリーンで見るのとでは感じるドキドキも全然違ってくる。物語前半は少し不穏な影をチラつかせながらも、比較的穏やかに話が進み、予告編で想定していた感じの甘い百合映画だった。しかし後半にかけて徐々に、フラグタイムはその本領を発揮することとなる。

村上さんと付き合い始めた森谷さんは、「止める時間を村上さんのために使うこと」を約束。そのおかげで、いつも自分に卓球部の勧誘をしていた小林さんとも逃げずに話すことができたし、いざ話してみると普通に会話もできた。その後も周りと会話する場面が訪れ、逃げ出したい衝動に駆られるが、村上さんのために時間を使う約束のおかげで、結果的に自分が逃げるために時間を使うことはなくなった。そんなある日、森谷さんは自分の能力が弱まっていることに気づく。自分の世界に閉じこもり、いつも逃げてばかりだった森谷さんは、自発的ではないとはいえ外の世界と、他人と関わるようになったことで「一時的に逃げるための時間」の効力が弱まっていったのではないだろうか。

 

森谷さんが好きだった「村上遥」とは何者なのか

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黒板に書かれた「村上遥はビッチ」の文字。誰かに喜んでもらおうと、人前でいい顔ばかりしていた村上さんに対する、周りの評価は辛辣なものだった。村上さんは周りから求められている「村上遥」を律儀にこなしていた一方で、誰も本当の私なんて興味ない、というどこか諦めの感情を抱いていた。そこで森谷さんは気づかされる、自分が好きなのは「本当の村上さんではない」と。それは「好き」とは呼ばないと。

 

「本当の村上遥」とは何者なのか

村上さんのことを知るために訪れた高層マンションの一室。そこで目にしたのは、学校の生徒・先生全員の名前や誕生日、性格から「こうしてあげれば喜ぶこと」のメモまでが書かれた、膨大な量の単語帳だった。みんなが求めている村上遥をこなすこと、その「みんな」の中にも森谷さんは含まれていた。誰かに優しくされるとすぐ好きになる、その人のことを自分だけが分かってあげられていると勘違いする、という童貞特有の習性を完全に理解し、森谷さんの喜ぶように「村上遥」をこなしていた。森谷さんに感情移入していたオタクはこの辺で「うわぁ・・・」となったのではないだろうか。ちなみに私はダメージが大きすぎて瀕死の状態まで陥った。

 

そして森谷さんは二度目の恋をする

村上さんを本当に好きになるために知ろうとした「本当の村上遥」は、誰からも好かれて誰からも嫌われたくないと思うあまり、本当の自分さえ分からなくなっていた。当人が分からない「自分」なんて、他人である森谷さんが分かるはずがない。でも、分からないなりに「近づこうとする」ことはできるのではないか。

そして終盤の鬼ごっこ。今まで他人から逃げてばかりだった森谷さんが、自分の思っているところを全てぶちまけながら村上さんを追いかける。それは紛れもなく、彼女なりに「本当の村上遥」を求めたゆえの行動だった。今まで守りに徹していた女の全力の攻撃、今まで完全優位だった女の全力の抵抗、いつの時代も女と女の感情のぶつかり合いというのは美しいものである。

森谷さんが初めに好きになったのは、「森谷美鈴(童貞)の求めている村上遥をこなしている村上さん」だった。だが、ここで森谷さんが改めて好きになったのは、「誰からも嫌われないために自分の世界に逃げて他人との関わりを避けていた自分」とは違って「誰からも嫌われないために自分を好きになってもらう努力をしてきた村上さん」に他ならないのだ。森谷さんは、村上さんに二度目の恋をした。

 

村上さんが本当にしたかったこと

森谷さんからの告白を受け、村上さんは自分が本当にしたかったことに気づく。それは、「森谷さんと同じ時間を共有したい」だった。彼女が森谷さんの時間に入れたのは、森谷さんが求めたからではなく、自分から求めて入ったからだった。そうなってくると、今までの村上さんの言動は「森谷さんがして欲しそうなこと」のようで「自分がしたいこと」をしていたことになる。つまり、最初に「好き」になったのは村上さんの方だった。物語がラストでひっくり返る。HELLO WORLDかよ!

人の顔色ばかりうかがって自分の意志で行動できなくなった自分とは対照的に、誰の顔色も気にせず自分の意志で行動していた、自分が絶対になれない存在。そんな森谷さんに、村上さんは無意識に惹かれていたのだろう。原作1巻193ページでは、二人の関係が始まる前に、どちらが先に意識していたかが分かる描写がある。出会えたことから全ては始まった・・・

思い返せば、村上さんが最初の方で言っていた「私のこと好きなんだよ」も、森谷さんの気を自分にひかせるための無意識な陽動と思えなくもない。小林さんのために時間を使った際には森谷さんに対して怒ったり、能力が弱まっていることを知った際には「形に残ることをしよう」と提案するなど、村上さんは明らかに「二人の時間」に執着していた。ただそれは、自分の気持ちさえ分からなくなった本人には気づかなかった。しかし、森谷さんからの「本当の私」を求めてくれた告白を受け、今まで無意識だった恋心に、自分の気持ちに気づいたのだろう。うん、尊い......

 

 

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主題歌はEvery Little Thingの名曲『fragile』のカバーで、これがまた作品に合っていて素晴らしい。特に、フルで聴いた人なら分かると思うが、それぞれのパートをソロで交互に歌い、最後の「つながっていくよ」で初めて同じ音程でハモる。これは二人の想いが通じ合った物語のラストと重なるようで大変エモい。

本編に唯一の不満点があるとすれば、後半ちょっと畳みかけすぎじゃないかってところ。最後の最後でいろいろ畳みかけてきて、感情の理解が追い付かなかったりした。だからこそ咀嚼が重要な作品なんだろうなとは思う。この作品を通して、百合は面倒くさい、だからこそいいってことを改めて感じた。

全体的な印象として、前半と後半でかなり印象の違う作品だなと感じた。前半は二人の百合関係を微笑ましく気楽に見られる「甘い」感じで、後半からは百合というより人間同士の関係を深いところまでえぐるような「苦い」作風だった。でも、その苦さを咀嚼すればするほど、味わいも深くなっていくんだと、この記事を書いていて実感した。

ラグタイムはいいぞ。あと、同作者の『神絵師JKとOL腐女子』もいいぞ。

 

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フラグタイム(1) (少年チャンピオン・コミックス・タップ!)
 

 

 

「フラグタイム」主題歌「fragile」

「フラグタイム」主題歌「fragile」